前鋸筋の秘密を暴く〜なぜそんなに大切なの?〜

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Anatomy

みなさん、
前鋸筋という筋をご存知でしょうか?
トレーナーの方や理学療法士の方からすれば、かなり重要視する筋ではないでしょうか?
僕自身この筋はすごく重要な筋だと考えていますし、この筋にアプローチを狙うことも多いです。

しかし、この前鋸筋が、、、
実際どれくらい重要なのか?
どのような構造をしているのか?
など、細かい内容は少し曖昧になりがちだと思います。
私自身も曖昧な部分が多いので、ここで整理していきたいと思います。

よく前鋸筋で言われてるのが、、、
菱形筋と連結してるぜ!!
君、翼状肩甲骨だな!!前鋸筋機能低下してるぜ!!
本当にそうなのでしょうか…?

今回の記事ではそのあたりの秘密を暴いていこうと思います。
では、少しずつ前鋸筋を紐解いていきましょう。

基本的な前鋸筋の解剖

まずは基本的な前鋸筋の解剖をおさらいしていきましょう。
前鋸筋は大きく分けて上部繊維・中部繊維・下部繊維の3つに分けられます。
では、それぞれの起始停止から見ていきましょう。
これらの情報はGreggら19791)とHamadaら20082)を基に記載しました。

起始:
上部繊維:第1-2肋骨外側
中部繊維:第2ー3肋骨外側
下部繊維:第4ー10肋骨外側

停止:
上部繊維:肩甲骨上角
中部繊維:肩甲骨内側縁
下部繊維:肩甲骨下角

機能:
上部繊維:肩甲骨の回旋中心の形成 (axis of rotation)と上角の安定化
中部繊維:肩甲骨外転
下部繊維:肩甲骨の上方回旋・後傾・外転
肋骨挙上による呼吸補助

神経支配:
上部繊維:長胸神経からの分枝・C4.5に分枝した菱形筋枝からの分枝・長胸神経本幹から独立した枝
中部繊維:C5,6,7の分節からなる長胸神経本幹からの枝
下部繊維:長胸神経と肋間神経

ちなみに前鋸筋の筋繊維は文献によって異なり、
一般的には7-10本と言われています。一番多い本数として8本(全体の48%程度)だそうです。3)

3D Anatomy Lyonから引用

改めて見るとなかなかトリッキーな筋ですね。

前鋸筋の関連する動き

前鋸筋の関連する動きを考えるためにはForce coupleを考える必要があります。
Force coupleとはなんでしょうか?
英語であればこんな感じになります。

Force couples are when 2 or more muscles on opposing sides of a joint work together to provide joint stability or create movement. 

簡単に訳すと、
“反対側にある2つ以上の筋が協同して働き、関節を安定させたり、動作を行うこと”
のような感じになります。

では、これを前鋸筋と関連のある筋で考えていきましょう。(右肩)

Couple 1 肩関節外転 (Scapula plane上)
前鋸筋(SA) & 僧帽筋中部・下部繊維(MT・LT)

Neumann DA, Kinesiology of the Musculoskeletal System: Foundations for Rehabilitation, 3rd ed., Elsevier, 20174)を参考に執筆者が描写

Couple 2 肩甲骨後傾(外側部から)
前鋸筋(SA) & 僧帽筋下部繊維(LT)

Neumann DA, Kinesiology of the Musculoskeletal System: Foundations for Rehabilitation, 3rd ed., Elsevier, 2017を参考に執筆者が描写

Couple 3 肩甲骨 外旋 (上方部から)
前鋸筋(SA) & 僧帽筋中部繊維(MT)

Neumann DA, Kinesiology of the Musculoskeletal System: Foundations for Rehabilitation, 3rd ed., Elsevier, 2017を参考に執筆者が描写

(僕が頑張って描いた絵はどうでしょうか?笑 ペンタブを使えばそれらしくなるものですね笑)

ここで1つ考えてもらいたいことがあります。
それは、
筋は起始から停止にのみ動くわけではなく、固定されている側に固定されていない側が動きます。
肩甲骨が固定されている→肋骨が動く
肋骨が固定されている→肩甲骨が動く
僕もそうですが、
前鋸筋は肋骨に沿って外転するイメージが強いですが、
肩甲骨が固定されれば、肋骨が挙上されますよね。

前鋸筋と菱形筋の関係性

よく前鋸筋と菱形筋は連結していて、相互に作用すると言われていますが、
本当なのでしょうか?
答えとしてはYesです。

五十嵐ら 20065)の解剖的研究では、(検体が平均82歳ですが)
肩甲骨を取り除くと前鋸筋・菱形筋・肩甲挙筋は一体化していたと述べられています。
そして、この文献では、菱形筋と肩甲挙筋が伸長固定されてしまうことで、
前鋸筋が短縮位固定となり、適切に機能できなくなるのではないかと考察されていました。
僕のその可能性は大いにあるのではないかと感じます。

前鋸筋と菱形筋を一つのユニットとして、アプローチをかける必要がありそうですね。

前鋸筋の筋力測定方法

KendallのMuscles Testing and function with Posture and Pain6)を参考に見ていきましょう。
前鋸筋のテストとして、仰臥位でのパンチテストがあります。

Kendall, F. P., McCreary, E. K., Provance, P. G., Crosby, R. W., Andrews, P. J., & Krause, C. (1993). Muscles, testing and function: With Posture and pain. p332から引用

また、Standing testとして、Wall push testやShoulder abduction testもあります。

Kendall, F. P., McCreary, E. K., Provance, P. G., Crosby, R. W., Andrews, P. J., & Krause, C. (1993). Muscles, testing and function: With Posture and pain. P332から引用

詳しくはKendallのテキストをご覧ください。
これら一つのテストで評価するのではなく、
複数のテストを組み合わせて、前鋸筋の機能を評価する必要がありそうです。
このKendallの本はすごくおすすめです。
何より表紙がかっこいい笑 インスタ映えしそう!!

翼状肩甲骨の原因は長胸神経(LTN)の圧迫?

翼状肩甲骨の原因は長胸神経の圧迫による前鋸筋麻痺(Serratus anterior palsy)の影響なのでしょうか?
Martinら6)の論文を参考に基本的な情報を整理していきましょう。

ここではLTNの圧迫による前鋸筋麻痺は最も一般的であるとされています。
しかし、副神経圧迫による僧帽筋麻痺も翼状肩甲骨の原因であるとされています。
ではどのような違いがあるのでしょうか?

Martin RM, Fish DE. Scapular winging: anatomical review, diagnosis, and treatments. Curr Rev Musculoskelet Med. 2008 Mar;1(1):1-11. doi: 10.1007/s12178-007-9000-5. PMID: 19468892; PMCID: PMC2684151.から引用 前鋸筋麻痺の肩甲骨
Martin RM, Fish DE. Scapular winging: anatomical review, diagnosis, and treatments. Curr Rev Musculoskelet Med. 2008 Mar;1(1):1-11. doi: 10.1007/s12178-007-9000-5. PMID: 19468892; PMCID: PMC2684151.から引用 僧帽筋麻痺の肩甲骨

上の写真のように両者にはかなり特徴的な違いがありますね。

今回は前鋸筋ということで前鋸筋を中心に考察していきます。
LTNの圧迫による前鋸筋麻痺の原因はtraumaticやNon-traumaticからウイルス感染など多岐に渡りますが、今回は筋骨格筋系の問題に関して書いていきたいと思います。

そもそもLTNの圧迫による前鋸筋麻痺が起きてしまうと前鋸筋が正常に機能しなくなってしまいます。つまりは、肩甲骨の外転・後傾・外旋が正常に行うことができないということになります。

では、どこでLTNの圧迫が起こるのでしょうか?
様々な文献を漁ってはいますが、なかなかここだとはわからないようです。
Still Controversial!!
文献で多いのは中斜角筋で圧迫されることが多いとされていますが、中斜角筋で圧迫されると他の筋にも影響が出るのでないか?と示唆されています。(ちなみにLTNが中斜角筋を貫通するのは60%程度五十嵐ら, 20055))
別の文献(Gozna,19797))では献体を用いた研究では第2肋骨と繊維組織(fibrous band)がLTNの圧迫に起因していると述べています。
また、Cuadros,19998)では血管と繊維組織が第5肋骨でLTNを圧迫しているのではないかと言われています。

ということで可能性をまとめると…
1. 中斜角筋
2. 第2肋骨と繊維組織
3. 第5肋骨と血管・繊維組織
がLTNを圧迫して前鋸筋麻痺が起こり翼上肩甲骨を起こしているのではないかと考えられます。

ここで私の中である共通点が見えてきました。
全てに肋骨の動きが関わっているのではないか?
肋骨や胸郭の可動性や状態がそのまま影響しているのはないか?
となってきました。
そして、普段の呼吸や姿勢がかなり大きく関わってきそう…
と考えたわけです。

もちろん、既往歴・食事・前庭覚・視覚など他にも考慮するべきであり、
正しく評価をしないといけないですが。

呼吸異常(自律神経異常など)→横隔膜異常→姿勢不良(肋骨外旋や骨盤前傾)や肋骨挙上による呼吸→広背筋短縮位→上腕骨内旋位

こんな感じのことが考えられそうなので、
呼吸介入もかなり有効になりそうだなと感じますね。

正しい評価をしてこそ、正しいアプローチができる

これまでの話からすると、、、
前鋸筋はいわゆる被害者という感じでしょうか?

前鋸筋の全然使えてないから肩痛くなるんだよ!!
前鋸筋鍛えないとね!!ははは!!

ではなさそうですよね。(もちろん前鋸筋自体にも問題はあるとは思いますが)

名探偵コナン風にすると、(名探偵コナン大好きです笑 映画見にいきたい!!)

推理をするわけではないですが、
様々なきっかけや状態をかき集めて総合的に犯人を推測し、
アプローチをかけていくことが遠回りのようで1番の近道ではないかと思います。

まとめ

前鋸筋が弱いから肩の怪我をするのか!!
なら前鋸筋を鍛えるしかないぜ!!Push up plus + Wall slideするぜ!!

おそらく選択肢としては悪くはないと思います。
前鋸筋のエクササイズとして、
Wall slide・Push up plus・Scapula push up・Punch Exercise・Hug exercise
全てとても良いエクササイズだと思いますし、僕も使うことが多いです。
実際に良くなるケースも多いと思います。

しかし、それだけで良いのでしょうか?

おそらく前鋸筋が機能しなくなった原因は他にあるはずです。
その根本的な原因を解決しない限りそれは対症療法でしかないと思うのです。

生活習慣なのか?食事の問題なのか?体性感覚?前庭?視覚?自律神経?呼吸?それか外傷?
ありとあらゆる可能性があり、適切な評価を行い、適切なアプローチを行うことができて、
初めて根本を解決できたと言えるのではないでしょうか?

どのようにアプローチしていくのか?

まずは基本的な機能を評価していきます。
姿勢・立ち振る舞い・言動・呼吸・体性感覚・視覚・前庭覚を中心に評価を行い、
問診による普段の生活や食生活を評価します。
その評価をもとにマニュアルアプローチや運動を行いながら機能評価も行なっていき、
根本原因を探っていく感じだと思います。
かなり抽象的な感じで書いていますが、大体はこんな感じです。
そして、根本原因であるBlack boxを探っていき、アプローチをかけていくと言う感じですかね?

なので、文献を読むことはもちろん大事なのですが、
経験や推測をすることも大切になってくるというわけです。

この前にセミナーで僕が尊敬する方がEvidence based Practiceはもちろん大切だけれども、
Evidence 縛り Practiceはだめということを言われていたので、その通りだと思いました。

参考文献

1.
Gregg JR, Labosky D, Harty M, Lotke P, Ecker M, DiStefano V, Das M. Serratus anterior paralysis in the young athlete. J Bone Joint Surg Am. 1979 Sep;61(6A):825-32. 

2.
Hamada J, Igarashi E, Akita K, Mochizuki T. A cadaveric study of the serratus anterior muscle and the long thoracic nerve. J Shoulder Elbow Surg. 2008 Sep-Oct;17(5):790-4. doi: 10.1016/j.jse.2008.02.009. Epub 2008 Jun 30. PMID: 18586531.

3.
Cuadros CL, Driscoll CL, Rothkopf DM. The anatomy of the lower serratus anterior muscle: a fresh cadaver study. Plast Reconstr Surg 1995; 95: 93–7.

4.
Neumann DA, Kinesiology of the Musculoskeletal System: Foundations for Rehabilitation, 3rd ed., Elsevier, 2017

5.
五十嵐絵美, 浜田純一郎, 秋田恵一, & 魚水麻里. (2007). 前鋸筋の機能解剖学的研究. In 理学療法学 Supplement Vol. 34 Suppl. No. 2 (第 42 回日本理学療法学術大会 抄録集) (pp. A0007-A0007). 公益社団法人 日本理学療法士協会.

6.
Martin RM, Fish DE. Scapular winging: anatomical review, diagnosis, and treatments. Curr Rev Musculoskelet Med. 2008 Mar;1(1):1-11. doi: 10.1007/s12178-007-9000-5. PMID: 19468892; PMCID: PMC2684151.

7.
Gozna ER, Harris WR. Traumatic winging of the scapula. J Bone Joint Surg Am. 1979 Dec;61(8):1230-3. PMID: 511883.

8.
Cuadros CL, Driscoll CL, Rothkopf DM. The anatomy of the lower serratus anterior muscle: a fresh cadaver study. Plast Reconstr Surg. 1995 Jan;95(1):93-7; discussion 98-9. PMID: 7809273.

Gregg JR, Labosky D, Harty M, Lotke P, Ecker M, DiStefano V, Das M. Serratus anterior paralysis in the young athlete. J Bone Joint Surg 1979;61:825–32.

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